車 買取からのお知らせ
日米欧の複数の自動車メーカーとの接触の後、同社は、ゼネラル・モーターズ(GM)との戦略的資本提携を選択し、2000年に21%の出資(1,403億円、転換社債希薄化後で出資比率は20%)を受けることになります。
富士重工業は、日本興業銀行(当時)と日産自動車という2つの有力株主と出身経営者の影響を強く受けた伝統的な経営スタイルから脱却し、「プレミアムブランドを持ったグローバルプレイヤーヘの進化を目指す」という新たな戦略の選択を実施します。
しかし、世界を舞台にした煌びやかなスポットライト、プレミアムブランドという響きや、魅力的な商品作りへの陶酔感の中で、同社は結果を急ぎすぎたようです。
業績は悪化の一途をたどります。
そしてプレミアムブランドへの転進を狙った中期経営計画「FDR- 1 」は目立った成果を上げることができず、多大な閉塞感に包まれることになりました。
時を同じくして経営難に陥ったGMは保有資産の見直しに動き出します。
その一環として、シナジーを生み出せないと判断された富士重工業の株式をGMは売却する方向で検討します。
そして2005年10月にGMは保有する富士重工業の株式全てを売却、その一部をトヨタ自動車が買い取ることで、同社はGMグループからトヨタグループへと移りました。
「売却されるのであれば、本望である」。
スズキの鈴木修会長は、GMの保有株式放出観測に対し、同じコメントを繰り返しました。
「売却後の対策を議論するよりも、GMをいかに助けるかを優先すべき」との姿勢は、GMとスズキの結びつきに対する強い自信があったからこそです。
両社の提携は1981年以来の長期的な関係でしたし、鈴木会長と歴代のGM首脳との関係も非常に堅固なものでした。
それにもかかわらず、GMは2006年3月に20%の出資のうち3%だけを残して全株をスズキに売却し、資本提携の大幅解消に動きました。
無論、同社の経営難が背景にありますが、中途半端な提携関係と効果から離別し、選択と集中を強めるという思いがあったことも事実でしょう。
アジアと小型車に強みを持つスズキは、GMにとってまさに金のなる木なのですが、戦略的に一元化できないのであれば、それは宝の持ち腐れになってしまいます。
もはや無駄が許されないGMにとって、スズキとの関係は支配か撤退かの選択であり、断腸の思いで売却したと推察されます。
GMはこの直後に、同じく長期的に資本関係にあった自動車の保有株式も売却し、日本車メーカー3社との提携関係を事実上清算しました。
GMは買収した韓国の大宇自動車をアジア戦略の要に置き、スケールこそ後退しますが、本体と一元化したアジア戦略を選択しました。
スズキにとって、GMは長期戦略上欠かせないパートナーであっただけに、この展開は青天の露震とも言える出来事でした。
自動車技術革新や規模の補完関係など、GMに依存した経営の道は閉ざされ、スズキが独自路線を永遠に続けることは困難になったように思われます。
2006年7月、スズキは電撃的に日産自動車との業務提携に進みます。
国内軽自動車のOEM供給拡大、欧州市場での小型車OEM供給、両社の工場の有効活用などを世界的に進める方向となりました。
あくまでも、現段階では両社のメリットを優先した事業提携ですが、将来的には資本提携関係に進む可能性もあります。
また、スズキが日産自動車以外の自動車メーカーとの資本提携を選択する可能性も残されているでしょう。
2006年7月、世界の自動車業界に激震が走りました。
米国の著名投資家であるカーク・カーコリアン氏が率いる投資会社トラシンダの要請に基づき、ルノー・日産自動車の社長兼CEOであるカルロス・コーン氏がGM再建に向けて、出資も含む事業提携に前向きに乗り出すことが発表されたのです。
カーコリアン氏はGMに10%出資し、自らGMに役員として乗り込んで同社再建に取り組んできました。
遅々として進まない再建に業を煮やしたカーコリアン氏は、企業再建に高い評価を持つコーン氏に対し、ルノー・日産アライアンスにGMが加わることのメリットを評価するよう要請したのです。
GM取締役会は、カーコリアン氏の提案に基づいたルノー・日産とのアライアンスに対し、協議を進める決議を行いました。
この結果を受け、GMとルノー・日産はアライアンスの可能性の議論に突入しました。
仮にこの提携が実現すれば、世界シェア21%を牛耳る日米欧の大グループ連合が形成され、世界の自動車業界にとって、1998年の独ダイムラーと米クライスラーの大合併以来の大変動を引き起こす可能性がありました。
しかし、両社の話し合いの結果、2006年10月5日に交渉の打ち切りが発表され、提携交渉は時間の労費とともに終了しました。
回日産自動車は米国における主導権喪失の懸念コーン氏の狙いは、アライアンスを軸に、世界的な規模と技術的な競争力を持とうということにありました。
ルノー・日産自動車のアライアンスで画期的な成果を生み出しましたが、より高く飛躍するには、さらなる魅力的なシナジーを追求したいのです。
北米および中南米がGM、アジア・中国が日産自動車、欧州がルノーというコア企業を中核に事業展開を進め、それぞれの事業ユニットが企業を超えたアライアンス関係で結びつくという大構想があったのです。
ただし、この提携で日産自動車にどの程度メリットが生じてくるのか、はなはだ疑問視される面がありました。
特に、日産自動車の花形である米国事業の主導権がGMに移ってしまうのであれば、日産自動車にとって失うものは大変大きなものとなる懸念がありました。
欧州と米国の主導権を失ってしまえば、ルノー・日産自動車・GMアライアンスが栄えても、日産自動車はアジアを中心とする地域プレイヤーにとどまることにもなりかねません。
巨大企業連合がアライアンス効果を生み出すのは容易ではなく、軽率に効果を評価することは困難です。
開発・購買・製造などの重要分野でのアライアンスには時間が必要であり、短期で効果を上げることは簡単ではありません。
GMとルノー・日産自動車の購買金額を合計すれば、実に1,800億ドルもの規模となり、サプライヤーに対して凄まじい交渉能力を得ることが可能となります。
工場能力の相互有効活用では、求められる市場(例えば中国)にはGMとルノー・日産自動車ともに能力が不足しており、望まない市場(欧州・米国)では両社に能力余剰があるのが現実です。
リストラを伴わず、提携シナジーだけでGMの現在の問題を解消することは容易ではなかったのです。
欧州ではルノー対オペル、米国では日産対GMという競合の構図があり、補完関係以上に競合関係をどのように整理するのか、アライアンスをウィン・ウィンの関係、つまり双方が利益を得る関係に導くことは容易ではありませんでした。
シナジーによる金額の見積もりに差異があることや、シナジーによる利益の分配に対する両社の主張の溝か埋まらなかったことが、交渉決裂の主因であると筆者は感じています。
日産は、アライアンスに常に前向きであり、今後も新たなパートナーの模索が続くと考えられます。
日本車メーカーのプレゼンスは世界的に著しい成長を見せ、さまざまな地域で国際化と自立化か進むでしょう。
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